200のハディース


慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において




第四章: マッカ征服からムハンマドの最期まで

一、マッカ征服(ヒジュラ暦八年、西暦六二九年)
フダイビーヤ協定から二年、早くも協定は破られた。ク ライシュ族は、協定に従って自分達と同盟を結んだバクル 族に軍資金と武器を与え、協定に従ってムハンマド側と同 盟を結んだフザーア族を襲わせて二十名の男を殺害させた。 殺戮を逃れたフザーア族のアムル・イブン・サーリムがム ハンマドの許に来て支援を求め、クライシュ族が協定を破 棄したことを伝えると、一万人よりなる軍隊を秘密裡に整 えて、マッカ近郊に進んだ。イスラーム軍を偵察するため 表に出て来たアブー・スフヤーンを、ムハンマドの叔父ア ル=アッバースが見つけて捕縛し、ムハンマドの許に連れ てきた。アブー・スフヤーンは助命を求めて受け入れられ、 ムハンマドの勧めに応じてイスラームに入信した。イスラ ーム軍は四隊に分れて、四方からマッカに入った。クライ シュ族には既に抵抗する力はなく、無血のうちにマッカ征 服は成された。ムハンマドはカアバ神殿に赴き、神殿の回 りを七度周回してから神殿内に入り、最大の偶像神を手に 田?んで言った一「アッラーは至大なり。『言ってやるがよ い。真理が下り、虚偽は消え去った。真に虚偽は消え去っ たのである。』唯一なるアッラー以外に神はない。彼に並 ぶものはない。彼の約束は成就された。彼は僕に勝利を授 けられた。」部族連合は残らず滅び去ったのである。次い で神段内の偶像を壊し神殿内から一掃した後に、ビラール に礼拝への呼びかけを命じた。ビラールはカアバ神殿に昇 ると声高らかに礼拝への呼びかけを行った。「アッラーは 至大なり。私は、アッラー以外神がいないことを証言しま す。私は、ムハンマドがアッラーの御使いであることを証 言します。礼拝に来たれ。成功に来たれ。礼拝の時は来た。 アッラーは至大なり。アッラー以外に神はない。」真にア ッラーの御言は成就されたのである。「アッラーの援助と 勝利が来て、人々が群成してアッラーの教えに入るのを見 たら、汝の主の栄光を称えよ。彼に御許しを請い願うがよ い。真に彼は度々改俊を受け入れられる御方である。」

二、使節の来訪
マッカを征服し、敵対勢力を次々と自身の勢力下に収め ていくイスラームの勢いを目の当たりにした者達は、最早 イスラームに対抗する術も意味もないと悟るに至った。マ ッカ征服の翌年にアラブ諸部族の使節が続々とムハンマド の許にやって来た。

    (一)タミーム族の使節
    ウターリド・イブン・ハージブを団長とする使節団 は自分達の血筋の良さを誇ちていたが、イスラームの 信者達がイスラームの良さを誇ると、納得して使節の 全員がイスラームに入信した。

    (二)アブド・アル=カイス族の使節
    この使節の中にいたアル=ジャールード・アル=ア バディーはキリスト教徒であったが、彼と、彼の仲間 の使節団員がイスラームに入信した。

    (三)タイイ族の使節
    ザイド・アル=ハイルを団長とする使節の全員がイ スラームに入信した。

    (四)ハニーファ族の使節
    この使節の中に、後に預言者を僭称して大乱を引き 起こしたムサイリマがいた。

    (五)キンダ族の使節
    キンダ族の使節は年が明けて、ヒジュラ暦十年、西 暦六三一年にやって来て、全員がイスラームに入信し た。彼らの中に、アル=アシュアス・イブン・カイス ・イブン・マアディーカリブがいた。

三、別れの巡礼
ヒジュラ暦十年、ムハンマドはマッカ巡礼を決意し、信 者達に呼びかけた。この時、ムハンマドと共に巡礼を行っ た信者は十万人に達した。このときの巡礼の方法が現在に 至るまで続けられている。アラファに於いて、ムハンマド にアッラーの啓示が下った。『今日、我は汝らのために汝 らの宗教を完成させ、汝らに対する我の恩恵を全うし、汝 らの教えとして、イスラームを選んだのである。』

四、ムハンマドの最期
巡礼を終えてマディーナに戻ると、ムハンマドは激しい 疲労を覚え床に臥すようになった。そして巡礼からニケ月 経つ頃には病状は深刻となり、最愛の妻アーイシャの許で 養生するようになった。このような病気の中でも、ムハン マドは礼拝の指導はアブー・バクルに委ねたものの、自身 も礼拝に参列するよう努めた。最後にムハンマドは病をお して、アブー・バクルの脇で座したまま礼拝を捧げると、 参列していた信者達に、アッラーの御言と自身の言行にし っかりと縋り、分裂することのないよう遺言し、アーイシ ャの部屋に戻った。ムハンマドがアーイシャの許で最後の 息を引き取ったのは、ヒジュラ暦十一年三月十二日の昼で あった。ヒジュラ暦によれば、ムハンマドが生まれた日、 マディーナに移住の第一歩を踏み入れた日、そして息を引 き取った日はいずれも同月同日の事である。アムル・イブ ン・アル=ハーリスは伝えている。「預言者は、ディナー ル金貨一枚も、ディルハム銀貨一枚も、一人の男奴隷も女 奴隷も残されなかった。ただ彼が常用しておられた白いラ バと武器と土地を残されただけでした。そしてそれらも全 て寄贈されたのです。」


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