40のハディース


慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において


「わが使徒がなんじらにもたらすものを採れ」

『聖クルアーン』


40のハディース 黒田壽カ訳

International Islamic Federation
of Student Organizations


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歴史的,文化的にみて,日本とイスラーム世界はほとんど没交渉であったといっても決して過言ではない。交渉が始められたのは最近のことであり,それも不幸にしてもっばら経済的なものに終始しているのが現状である。研究の領域においても,近来真撃な研究者たちの多方面にわたる成果が徐々に発表されつつあるが,研究の伝統の浅いわが国においては,いまなお基本的な文献の研究,紹介が不可欠な段階にあるといえる。

イスラーム世界の根幹をなす宗教,イスラームそれ自体についても事情は同様である。イスラームの第1の基礎はもちろん,『聖クルアーン』である。幸いにしてこれにはすでにいくつかの翻訳があるため,一般の読者にも原典にあたることが容易になった。しかし言語的にもまったく異なったアラビア語で,預言者ムハンマドを介して啓示されたこの聖典は,異質の発想,奇異な表現を多く含んでおり,環境,発想を異にする日本人には,適当な証釈書なしには仲々理解しにくい。このような努力は,残念ながらこれまで少しも払われなかったのである。 『クルアーン』以外にもイスラームには,その礎となり,その聖典理解の鍵ともなる預言者ムハンマドの言行を記した伝承(hadith)があるが,厖大な量にのぼる預言者の言行録も,これまでほとんど紹介の労がとられていない。このような事情が,わが国においてイスラーム理解の大きな障害となっているのは,否めない事実である。

千数百年前,日本でいえば聖徳太子の時代に啓示された『クルアーン』を基幹とするイスラームという宗教か,破竹の勢いで中東地域を中心に広がり,今なお七億あまりの人々に信奉されている秘密は一体何であろうか。ムスリムが多数を占めるイスラーム世界において,イスラームはたんにわれわれの理解するかぎりでの宗教にとどまらず,あらゆる分野における知的活動の発想の根元ともなっているのである。イスラーム精神の現代の状況への適用という点では,意見に相違が見られるものの,その源であるイスラームにたいして,人々は確固とした忠誠心を持ちつづけているのである。この秘密を知るには,とにかく原典にあたるにしくはない。『クルアーン』の翻訳がすでに存在するいま,さしあたり必要なのは,たんに宗教的な側面ばかりでなく,社会的・文化的・道徳的といったすべての側面を包含するイスラームという宗教の本質を,端的に指示し,説明するような原典の翻訳であろう。このような観点からすると,同じ趣旨にもとずき編まれたアン=ナワウィーの『四十の伝承集』の翻訳は,時宜にかなったものといいうるのである。

ここで伝承と訳されたハディースは,アッラーからトされた啓示『クルアーン』の仲介者である,預言者ムハンマドの言行を伝えた記録である。この類いまれな,世に容れられた預言者は,そのイスラームに関する深く,正しい理解にもとずいて,『クルアーン』の精神を,日々の言動のうちに見事に結晶させている。このような観点からムスリムは,アッラー自身の言葉である『クルアーン』の内容に厳密に従うと同時に,その精神の正しい具体化といえる,預言者ムハンマドにまつわる伝承の内容に従うことを要請されているのである。ちなみにこの伝承の内容は,信者により「踏み従われるべき道」という意味で,アラビア語ではスンナ (sunnah) と呼ばれており,本書においては簡単に「言行」と訳されている。信者たる者がこの言行に従うべき根拠としては,『クルアーン』がつぎのように指摘している。「わが使徒がなんじらにもたらすものを採り,禁ずるものを遠ざけよ。」

おりにふれて信者たちに示された預言者の言行は,聖典『クルアーン』の精神の適切な具体化として,簡明にして同時に強い説得力をもつものであった。それは信者たちにとり,やや難解な『クルアーン』を真に理解するための鍵となったのである。先にあげたような理由からイスラームにおいては,伝承のかたちで後代まで伝えられた言行は,『クルアーン』を補足する位置にある。したがって伝承に関する正しい理解は,ムスリムが自らの信仰を完成するために必須のものであると同時に,一般識者がイスラームならびにイスラーム世界に正しい認識をもつ上で,必要不可欠のことなのである。

イスラームにとり基本的な資料である伝承研究は,イスラーム学の中で一専攻科をなしており,その蒐録にあたっては,古来それ以上期待しえないほどの厳密な配慮がなされてきた。□伝的な性格をもつものは,えてして伝承者の窓意により勝手な改竄が行なわれる可能性が強い。しかし学者たちは本文(matn)の前に必らず長い伝承の鎖(sanad)を付し,本文の内容がイスラームの精神に合致するものか否か,伝承の鎖が完全か,個々の伝承者に人格的な欠陥はないか等々の問題を多くの角度から検討して,一々の伝承の信憑度を定めている。これまで個人の言行に関して,これほど厳密な研究がなされた例を知らないが,本書に引かれた諸伝承はとりわけ信憑性の高いものであり,疑念の余地をさしはさみえない。

先にも述べたように,預言者の伝承集成は厖大な最にのぼっている。アル=ブハーリー,ムスリム等の碩学が生涯をかけて蒐集した伝承集成には多種あるが,ここでは煩を避けて言及を控えておくことにする。とまれ浩翰なこれらの集成は,決して一般の人々が読み進める点で便利なものではない。したがって原著者が序論で指摘しているように,多くの学者たちが小冊子の伝承集を編んでいるが,僅かな伝承をもとにイスラームの綜合的な理解を意図した本書は,さしあたり格好の翻訳の対象といえよう。ちなみに本書の著者はイマーム・ヤフヤー・イブン・シャラフッ=ディーン・アン=ナワウィーで,ヒジュラ暦676年に他界している。13世紀に編まれたこの伝承集は,その簡明にして綜合的な性格のゆえに,以後ひろくイスラーム世界で愛読されつづけている。本書は1976年にI・イブラーヒーム・D・ジョンソン=ディヴィス両訳者の手によリダマスカスから英訳が出版されているが,翻訳,註の点でこの訳書を活用したことを付記しておく。

最後に翻訳の技術的側面に関して,若干付記する。翻訳にあたっては,なるべく原義に沿うように努めたが,それが不可能な場合,鍵カッコで補足した。なお註は煩雑を避けるため,最少限にとどめた。またイーマーン・イフサーン等適当な訳語が見つからず,原語がイスラームのキイ・タームとして重要なものである場合,アラビア語をそのまゝ転記するにとどめた。

本訳書が正しいイスラーム理解のための一助となれば望外の倖せである。

黒田 壽郎


イマーム・アン=ナワウィーの序文

讃えあれアッラー,万世の主,諸天と大地をくまなくしろしめし,万物を宰べられる御方。紛れもない徴,明白な証をもって正しい導きを弘め,宗教の掟を説くために遺わされた御使たちの派遣者。アッラーよこれらすべての御使いに祝福と平安を授けたまえ。また私は,その恵みたもうすべての恩籠のゆえに心からアッラーを讃え,いやます恩恵,慈愛を乞い願う者である。またアッラーの他に神はなく,アッラーこそはならびない唯一の神にして,凌威この上もなく,惜みない恩恵と宥しの与え手であることを誓言するとともに,われわれの長ムハンマドがアッラーの下僕,御使であり,その賞で愛したまう者であると証言する。ムハンマドはいつの世までも奇蹟たりつづける尊きクルアーンと,導きを求める者みなに光明を投げかけるその言行のゆえに,格別の栄誉を授けられた,よろずの被造者に優る者である。われわれの長ムハンマドは,その確たる言葉,宗教的実践に示した寛容の精神において比類のない者である。アッラーよ,彼とその余の預言者たち,御使たち,ならびに彼等の一族のすべてと他の敬虔な信者たちに祝福と平安を授けたまえ。

次に引くアッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―の言葉は,アリー・イブン・アビー・ターリブ,アブドッ=ラーフ・イブン・マスウード,ムアーズ・イブン・ジャバル,アブッ=ダルダーウ,イブン・ウマル,イブン・アッバース,アナス・イブン・マーリク,アブー・フライラ,アブー・サィード=ル=フドリー ―アッラーよ彼等すべてを嘉したまえ―の権威にもとずき,さまざまな伝承の鎖を経て種々のかたちで伝えられている。「われらが民のため,その宗教に関する40の伝承を記憶し,伝えた者は,審判の日にアッラーにより法学者,宗教学者の一員に加えられるであろう。」他の伝承によれば〔後半の部分は〕,「アッラーは審判の日に彼を法学者,宗教学者となされるであろう」,となっている。またアブッ=ダルダーウの伝承では,「審判の日に私は彼のとりなし手,証人となろう」,イブン・マスウードの伝承では,「彼は伝えられるであろう。『望みの門から楽園に入れ』」となっている。イブン・ウマルの伝承は,「宗教学者の一人として登録され,来世において殉教者として生れかわるであろう」としているが,伝承学者たちは,この伝承には数多くの鎖があるが,信憑性の弱いものであるという点で意見が一致している。

宗教学者たち―アッラーよ彼等を嘉したまえ―は,このような趣旨から無数の著書を著している。私の知る限りでは,最初にこのような著作〔40の伝承の編著〕をものしたのはアブドッ=ラーフ・イブヌ=ル=ムバーラクであり,ついで神性について通暁した学者イブン・アスラム・アッ=トゥーシー,アル=ハサン・イブン・スフヤーン・アン=ナサーイー,アブー・バクル・アル=アージュッリー,アブー・バクル・ムハンマド・イブン・イブラーヒーム・アル=イスファハーニー,アッ=ダーラクトニー,アル=ハーキム,アブー・スアイム,アブー・アブドッ=ラフマーン・アッ=スラミー,アブー・サイード・アル=マーリーニー,アブー・ウスマーン・アッ=サーブーニー,アブドッ=ラーフ・イブン・ムハンマド・アル=アンサーリー・アブー・バクル・アル=バイハキー等,上代,後代を通じて無数の人々がこうした著述を行なっている。

私は,これらイスラームの卓越した指導者,宗教の護り手を模倣して40の伝承を編むにあたり,至高のアッラーの良き導きを求めた。

宗教学者は,それが善行に関わるものである限り,信憑性の弱い伝承をも実行にうつすことを許している。ただし私はそのような伝承によらず,御使―アッラーよ彼に視福と平安を与えたまえ―の正しい伝承にのみ依拠した。〔その中には次のような言葉がある。〕「なんじらの証人には,その場に居合せぬ者に〔真実を〕伝えさせよ。」また御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―の言葉には,つぎのようなものもある。「アッラーよ,私の言葉を耳にしてそれを心に誦んじ,耳にしたそのままを伝える者〔の顔に〕輝きを与えたまえ。」またある宗教学者たちは,宗教の基本要項またはそれから分れた諸細目,例えば聖戦とか,禁欲的修行,あるいは立居振舞いの規範,説教といった特定の問題に関して40の伝承を編んでいる。これらの著述はすべて正しい意図のもとに成されており,このような意図をもつ者はアッラーの御心にかなう者といえよう。ただし私は,この40の伝承の編著を先にあげたものよリー層重要であると考えている。40の伝承は上述の趣旨すべてを包合し,同時にその一々の伝承は,宗教学者が「イスラームの要」,「イスラームの大半」,「イスラームの3分の1」等と述べたような,偉大な宗教的礎の一つに当るものでなくてはならない。さらにこの編著においては,各々の伝承は真正疑うべからざるものであり,その大半がアル=ブハーリーとムスリムの『サヒーフ』から引用さるべきであろう。引用にあたり私は,アッラーの御心のもとに暗誦を容易ならしめ,その利益をさらに一般的なものとするために,〔煩雑な〕伝承の鎖を記すことをせず,後に難解な表現を明かにする註釈を付した。

来世に心を至す者はすべて,ここに引かれた諸伝承に精通しなければならない。これらはきわめて重要な事柄を含んでいるとともに,〔アッラーにたいする〕従順の諸相に関する警告を備えもっているのだから。問題を熟慮する者にとっては,ことは明白である。ひとえにアッラーを信じ,アッラーのみに縋り,帰依したてまつる。讃嘆と恩組の主にして,成功と〔誤謬を許さぬ〕清浄きの源たる御方に。


第1の伝承

信者たちの長,アブー・ハフス・ウマル・イブヌ=ル=ハッターブ―アッラーよ彼を嘉したまえ―の権威による.彼は伝えている。私はアッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―がいわれるのを聞いた。

    行為とは意志にもとずくものであり,ひとはみな自らの意志した事柄の所有者である。したがつてアッラーとその御使のために聖遷に参加した者は,アッラーとその御使のために聖遷を行なったのであり,現世の利益,結○相手の女のために聖遷に加わった者は,それらのために聖遷を行なったにすぎない。

この伝承は,伝承学の大家である2人のイマーム,アブー・アブドッ=ラーフ・ムハンマド・イブン・イスマーイール・イブン・イブラーヒーム・イブヌ=ル=ムギーラ・イブン・バルディズバ・アル=ブハーリーと,アブ=ル=フサイン・ムスリム・イブヌ=ル=ハッジャージ・イブン・ムスリム・アル=クシャイリー・アン=ナイサーブーリーの各『サヒーフ』中に記載されている。ちなみにこの両『サヒーフ』は,著述の中でももっとも信憑性の高いものという評価をうけている。


第2の伝承

この伝承もまたウマル―アッラーよ彼を嘉したまえ―の権威による。彼は伝えている。

    ある日われわれがアッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―と一緒に坐りこんでいると,真白な服を身にまとい,真黒な髪をした男がこちらにやってきた。この男には旅をしてきたという風情は少しもなかったが,われわれは誰も彼も知らなかった。彼は預言者―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―の前に,膝と膝をつきあわせて座り,両の掌を両腿の上に置いた姿勢でこう訊ねた。「ムハンマドよ,イスラームについて説明願いたい。」するとアッラーの使者―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―は答えた。「イスラームとは,アッラー以外に神はなく,ムハンマドはアッラーの使者であると証言し,礼拝を行ない,喜捨を払い,ラマダーン月に断食し,可能な場合に〔アッラーの〕家に巡礼を果すことです。」すると男はいった。「その通りだ。」われわれは預言者にこのような質問をし,その答を肯なう男に驚きの眼をみはった。男はまた訊ねた。「それではイーマーン〔信仰〕について説明して欲しい。」すると預言者は答えた。「それはアッラーとその諸天使,〔啓典の〕書と使徒たち,審判の日,善悪2つの相をもつて〔アッラーが定めたまう〕宿命を信ずることです。」男は「その通り」と繰り返してから訊ねた。「それではイフサーン〔善行〕について話して欲しい。」預言者は答えた。「それは貴方がまじまじとアッラーを見るように彼を敬い崇めることです。貴方が眼にしていなくとも,アッラーは貴方を見ておられるのですから。」そして男が件の時〔最後の審判の日〕について訊ねると,預言者は答えた。「その問題については,訊ねられた者も訊ね手以上に知っている訳ではありません。」男がさらにその〔時がやってくる〕徴侯について訊ねると預言者はこう答えた。「奴隷女が女主人を産み,また貴方は,はだしで素っ裸の文なし牧童どもが,競って豪華な殿堂を建てる姿を見かけるでしょう。」そこで男は立ち去り,私はそのまま暫らくじっとしていたが,預言者がこう認ねられた。「ウマルよ,いろいろものを認ねたあの人が誰だか解るかね。」私は答えた。「アッラーとその御使い〔だけ〕が御存知です。」すると預言者はいわれた。「あの方は天使ジブリールだよ。お前たちにお前たちの宗教について教えるためにいらっしゃったのだ。」

これはムスリムにより伝えられた伝承である。


第3の伝承

ウマル・イブヌ=ル=ハッターブの息子,アブー・アブドッ=ラフマーン―アッラーよ彼等両名を嘉したまえ―の権威による。彼は伝えている。「私はアッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―がこういわれたのを聞いた。

    イスラームは5つの〔柱〕の上に建てられている。つまりアッラー以外に神はなく,ムハンマドがアッラーの使徒であると証言すること。ならびに礼拝を行ない,喜捨を払い,〔アッラーの〕家に巡礼し,ラマダーン月に断食することである。

この伝承は,アル=ブハーリーとムスリムの2人が伝えている。


第4の伝承

アブー・アブドッ=ラフマーン・アブドッ=ラーフ・イブン・マスウード―アッラーよ彼を嘉したまえ―の権威による。彼は伝えている。「つねに真実を語り,その言葉が正しいと信じられていたアッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―は,つぎのように述べられた。

    お前たちが創られるおりには,母親の腹の中で40日間精子が宿り,それから同じ期間凝血となり,ついで同じ期間肉塊となる。その後天使が遣わされて霊を吹きこむが,この天使はさらに4つの仕事をするよう命ぜられている。つまり〔生れてくる者の〕生業,命の長さ,行為,幸・不幸を きとめることである。ところで唯一無二の神であるアッラーに誓つていうが,お前たちのある者は,楽園の徒の行為にいそしみもう少しで天国というところで,この帳簿に記されたことに災いされ,劫火の徒の行為に耽って地獄におちる。だがまたある者は,劫火の徒の行為に耽りすんでのところで地獄行きというところで,帳簿に記されたことが幸いして,楽園の徒の行為にいそしみ天国に入る。

この伝承はアル=ブハーリーとムスリムの2人が伝えている。


第5の伝承

信者たちの母,ウンム・アブドッ=ラーフ・アーイシャーアッラーよ彼女を嘉したまえ―の権威による。彼女は伝えている。アッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―は申されました。

    われわれのこの問題について,それに相応しくないことを主張する者がいるが,そのような連中の考えは拒否しなければならない。

この伝承はアル=ブハーリーとムスリムの2人が伝えているが,ムスリムはつぎのような伝承も記載している。

    われわれの事柄と反する行為を行なう者があるが,そのような連中の行為は拒否しなければならない。


第6の伝承

バシールの息子,アブー・アブドッ=ラーフ・アン=ヌアマーンーアッラーよ彼等両名を嘉したまえ―の権威による。彼は伝えている。「私はアッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―がこういわれるのを聞いた。

    許されたことは明らかであり,禁じられたこともまた明瞭であるが,その中間には多くの人々が知りえないさまざまな疑わしい事柄がある。したがつて疑わしい事柄を避ける者は,自分の宗教,名誉に関して〔誤ちから〕免れるが,それに足を踏み入れる者は禁じられた行為を犯すことになる。これは丁度聖域のまわりで動物を飼う牧童が,聖域の中で動物に草を食ませる危険を冒すようなものである。まことに王者は誰しも聖域をもつているが,アッラーの聖域とはそのさまざまな禁令である。げに肉体の中には一片の肉があり,それが健全な場合肉体はすべて健全だが,それが腐ると肉体もすべて腐つてしまう。その〔一片の肉〕とは心のことに他ならない。

この伝承ば,アル=ブハーリーとムスリムの2人が伝えている。


第7の伝承

アブー・ルカイヤ・タミーム・イブン・アウス・アッ=ダーリー―アッラーよ彼を嘉したまえ―の権威によれば,預言者―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―はこう述べられた。

    宗教とは誠実さのことである。そこでわれわれは訊ねた。「それは誰にたいする〔誠実さ〕でしょう。」すると預言者は答えられた。「アッラーとその御使たち,ムスリムの指導者たち,一般のムスリムにたいしてである。」

この伝承はムスリムが伝えている。


第8の伝承

ウマルの息子―アッラーよ彼等両名を嘉したまえ―の権威によれば,アッラーの使者―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―はこう語られた。

    私は人々が,アッラー以外に神はなく,ムハンマドがアッラーの御使であると証言し,礼拝を行ない,喜捨を払うようになるまで彼等と戦うよう〔アッラーの〕命令を受けた。これらを行ないさえすれば人々は生命,財産を保証されるのである。ただしイスラームの理念に照らして〔罰を受けるに相応しい行ないをした場合は〕別だが。とまれ彼等は,至高のアッラーにより評価を受けるのである。

この伝承は,アル=ブハーリーとムスリムの2人が伝えている。


第9の伝承

アブー・フライラ・アブドッ=ラフマーン・イブン・サクル―アッラーよ彼を嘉したまえ―の権威による。彼は伝えている。「私はアッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―がこういわれるのを聞いたことがある。

    私がお前たちに禁じたことを遠ざけよ。そして私が命じたことに全力をつくせ。先人たちが滅びたのは,無闇にあれこれと訊ねまわり,自分たちの預言者に背いたからである。

この伝承は,アル=ブハーリーとムスリムの2人が伝えている。


第10の伝承

アブー・フライラ―アッラーよ彼を嘉したまえ―の権威による。彼は伝えている。「アッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―はこういわれた。

    至高のアッラーは善であり,善をしかうけ入れない。まさにアッラーは信者にたいし,使徒たちに命じられたことと同じことをなすよう命ぜられているのである。至高のアッラーは申されている。

    「使徒たちよ,美味いものを遠慮なく食べてよい。そして善行をなすのだ。」また至高のアッラーはこうも申されている。「信徒の者どもよ,われらがなんじに特に備えてやった美味いものを充分に食べるがよい。」それから彼は長旅で髪とり乱し,埃だらけの男の話をされた。男は両手を空高くかかげ,「あゝ主よ,あゝ主よ」ど〔助けを求めて叫んでいる〕。だが彼の食べものは宗教で禁じられたものであり,飲みもの,衣服についても同様で,〔要するに〕禁じられたもので食いつないでいるのである。こんな男の願いがどうして叶えられようか。」」

この伝承はムスリムが伝えている。


第11の伝承

アッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―の孫でアリー・イブン・アビー・ターリブの息子にあたり,御使に特別の愛情を寄せられたアブー・ムハンマド・アル=ハサン―アッラーよ彼とその父を嘉したまえ―の権威による。彼は伝えている。

    「私はアッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―の〔□から聞いた〕つぎのような言葉を覚えている。

    お前の疑いを誘うものを遠ぎけて,疑念め余地のないものをとれ。

この伝承はアッ=ティルミズィーとアン=ナサーイーの2人が伝えているが,アッ=ティルミズィーはこれを優れた正しい伝承だとしている。


第12の伝承

アブー・フライラ―アッラーよ彼を嘉したまえ―の権威による。彼は伝えている。 「アッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―はこういわれた。

    関わりのない問題を放つておくことは,良きムスリムたることの一部である。

アッ=ティルミズィーその他が伝えている優れた伝承である。


第13の伝承

アッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―の従僕アブー・ハムザ・アナス・イブン・マーリク―アッラーよ彼を嘉したまえ―が,預言者―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―から聞いたという伝承。それによれば預言者はこういわれている。

    自分自身を愛するように兄弟を愛すまでは,誰一人信者ということはできない。

この伝承は,アル=ブハーリーとムスリムの2人が伝えている。


第14の伝承

イブン・マスウード―アッラーよ彼を嘉したまえ―の権威による。彼は伝えている。「アッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―はこういわれた。

    つぎの3つに該当せぬかぎり,ムスリムの血を流すことは許されない。結婚した男が姦通した場合。一人の生命にたいする一人の生命。宗教を棄て〔ムスリムの〕共同体を離れた場合。

この伝承は,アル=ブハーリーとムスリムの2人が伝えている。


第15の伝承

アブー・フライラ―アッラーよ彼を嘉したまえ―の権威によれば,アッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―はこういわれた。

    アッラーと最後の〔審判の〕日を信ずる者は,口をひらけば良き言葉を語り,さもなければ口をふさいでいるべきである。アッラーと最後の日を信ずる者は,隣人にたいし寛大であらねばならない。アッラーと最後の日を信ずる者は,客を遇するに寛大でなければならない。

この伝承は,アル=ブハーリーとムスリムの2人により伝えられている。


第16の伝承

アブー・フライラ―アッラーよ彼を嘉したまえ―の権威による。彼は伝えている。

    ある男が預言者―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―にいった。「なにとぞ私に助言を与えて下さい。」すると預言者はいわれた。「腹を立てぬことだ。」男はまた何度か〔同じ言葉を〕繰り返した。預言者はまた「腹を立てぬことだ。」といわれた。

これはアル=ブハーリーにより伝えられている伝承である。


第17の伝承

アブー・ヤアラー・シャッダード・イブン・アウス―アッラーよ彼を嘉したまえ―の構威によれば,アッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―はこういわれた。

    まことにアッラーは,あらゆる事柄にたいしイフサーン〔善処〕を命ぜられた。したがってお前たちは人を殺す時にも良く殺し,動物を屠る時にも良く屠らなければならない。お前たちは刃をよく鋭ぎ,屠られる動物の苦しみを和げるべきなのである。

これはムスリムの伝えている伝承である。


第18の伝承

アブー・ザッル・ジュンドゥブ・イブン・ジュナーダとアブー・アブドッ=ラフマーン・ムアーズ・イブン・ジャバル―アッラーよ彼等両名を嘉したまえ―の権威によれば,アッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―はこういわれた。

    どこにいようとアッラーを畏れよ。悪行を犯したあとには,それを拭い消すような善行に努めよ。また他人とは良い付き合いを保つこと。

これはアッ=ティルミズィーの伝えている伝承である。彼はこれを優れた伝承だといっており,また他の版では優れた正しい伝承としている。


第19の伝承

アッバースの息子,アブー・アッバース・アブドッ=ラーフ―アッラーよ彼等両名を嘉したまえ―の権威による。彼は伝えている。

    ある日私が預言者―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―の後に座っていると,預言者は私にこういわれた。「いいか若者よ,お前にいくつか教訓を与えてやろう。〔いつも〕アッラーを念ずるのだ。そうすればアッラーはお前をお護り下さるだろう。アッラーを念ずれば,お前はアッラーを眼の前に見ることができる。願いごとがあればアッラーにお願いし,頼みごとがあればアッラーに助けを求めるのだ。いいか,もしも人々が集まってお前を何かの手段で助けようとしても,結局彼等はアッラーがお前のために予め定められた手段で助けるにすぎない。人々が寄り集ってお前に何か害を加えるにしても,アッラーが予め定められたことで危害を与えるだけだ。〔定めを誌した〕ペンはすでになく,〔それが書かれた〕頁はもう乾いてしまつている。」

これはアッ=ティルミズィーの伝えている伝承であるが,彼はこれが優れた正しい伝承だとしている。

アッ=ティルミズィー以外にも〔これに類する〕つぎのような伝承がある。

    アッラーはお前がいまだに苦境にあると認めて下さるであろう。いいか,お前にふりかかったことはお前を苦しめるためのものではなかったし,お前を苦しめたことはお前にふりかかるためのものでもなかったのだ。勝利は忍耐と共にあり,安堵は悩みと共に,楽は苦と共にあることを胆に銘じなければならない。


第20の伝承

アブー・マスウード・ウクバ・イブン・アムル・アル=アンサーリー・アル=バドリー―アッラーよ彼を嘉したまえ―の権威による。彼は伝えている。「アッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―はこういわれた。

    人々が認めている最初の預言の言葉に,つぎのようなものがある。「お前が恥かしいと思わないならば,好きなことをするがよい。」

これはアル=ブハーリーの伝えている伝承である。


第21の伝承

アブー・アムルー彼はアブー・アムラともいわれている―スフヤーン・イブン・アブドッ=ラーフ―アッラーよ彼を嘉したまえ―の権威による。彼は伝えている。

    私はいった。「アッラーの御使よ,貴方以外の誰にも訊ねることのできないような,イスラームに関する話をきかせて下さい。」するとこう答えられた。「私はアッラーを信じますといい,それから行ないを正すことだ。」

これはムスリムの伝えている伝承である。


第22の伝承

アブドッ=ラーフ・アル=アンサーリーの息子,アブー・アブドッ=ラーフ・ジャービル―アッラーよ彼等両名を嘉したまえ―の権威による。

    ある男がアッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―に訊ねていった。「貴方は,もし私が定めの礼拝を務め,ラマダーン月に断食を行ない,許されたものを許されたもの,禁じられたものを禁じられたものとしたら,それ以上何をしなくとも楽園に行けると思われますか。」すると御使は「その通り」,と答えられた。

これはムスリムの伝えている伝承である。


第23の伝承

アブー・マーリク・アル=ハーリス・イブン・アースィム・アル=アシュアリー―アッラーよ彼を嘉したまえ―の権威による。彼は伝えている。「アッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―はこういわれた。

    清潔さは信仰の半分である。アル=ハムド・リッニラー〔讃えあれアッラー〕という言葉は秤を満たし,スブハーナッ=ラー〔完全無欠のアッラーよ〕とアル=ハムド・リッ=ラー〔讃えあれアッラー〕の2つの言葉は天地の間すべてを満たす。礼拝は光であり,施しは明らかなる証拠,忍耐は照明,そしてクルアーンはお前のための証拠もしくは反証である。人はみな1日を朝から始め,自分の魂を売る。ただしその結果魂を自由にする者もあれば それを破滅に導く者もある。

これはムスリムの伝えている伝承である。


第24の伝承

アブー・ザッル・アル=ギファーリー―アッラーよ彼を嘉したまえ―の権威による。彼は至大至高の主が預言者―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―に語られたこととして,預言者からこの伝承を伝え聞いている。主はこう申された。

    わが下僕らよ,私は不正を私自身に禁じ,お前たちの間でも禁じた。それゆえたがいに不正を働いてはならぬ。

    わが下僕らよ,私が手ずから導いた者を除いてはすべて迷いの道を行く者である。それゆえ私に導きを求めれば,正しい導きをえられよう。わが下僕らよ,私が自ら養う者を除いてはすべて飢えに悩む者である。それゆえ私に糧を求めれば,糧食を授かるであろう。わが下僕らよ,私が衣服を与える者の他はすべて生れたまゝの裸である。それゆえ私に衣服を求めれば,願いは叶えられよう。わが下僕らよ,お前たちは昼も夜も罪を犯すが,私はすべての罪の宥し手。それゆえ私に宥しを求めれば,罪も宥されよう。

    わが下僕らよ,私を損なおうとしてもそれはかなわぬこと。私のためになろうと努めてもそれもかなわない。わが下僕らよ,もしもお前たちの最初の者,最後の者,人間やジンがみな,仲間のうちで一番敬虔な心の持主のようであつたとしても,それで私の王国に何ひとつ付け加えることはできない。わが下僕らよ,お前たちの最初の者,最後の者,人間やジンがみな,仲間のうちでもっとも邪悪な者のようであったにしても,それで私の王国から何ひとつ減ずることはできない。お前たちの最初の者,最後の者,人間やジンがこぞってひと所に立ち,ものをせがみ,私がみなに望みのものを分け与えたとしても,それで私の持ちものが何ひとつ減る訳ではない。減るとしても大洋に針を入れ〔その分だけ水がなくな〕るようなもの。

    わが下僕らよ,私が数えあげるのはお前たちの行ないばかり。いずれそれに相応しい報酬を与えることにしよう。それゆえ善きことを見出す者には,アッラーを讃 させよ。その余のものしか見出せぬ者にはわれとわが身を非難させよ。

これはムスリムの伝えている伝承である。


第25の伝承

これもまたアブー・ザッル―アッラーよ彼を嘉したまえ―の権威による。

    アッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―のある教友たちが預言者―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―にいった。「アッラーの御使よ,裕福な連中が〔アッラーの〕報奨を独り占めにしてしまいます。あの連中はわれわれ同様礼拝し,われわれ同様断食したうえに,施しのためにたっぷり富を分け与えているのですから。」

    すると預言者は答えられた。「アッラーは君たちにも,施しとして分け与えるものを創られなかったかね。実際どのタスビーハも施しであり,どのタクビーラ,タフミーダ.タフリーラもすべて施しなのである。善行を勧めることも施しなら,悪行を戒めることも施しであり,君たちの性の営みの中にすら施しがあるのだから。」

    そこで教友たちがいった。「アッラーの御使よ,われわれの誰かが性欲を満足させたとしても,そのために報奨がえられるのですか。」それに答えて預言者はいった。「どうだね,もし誰かが禁じられたやり方でそれをしたら,罪を犯すことになりはしないかね。同様に許されたやり方でするなら,報奨にあずかるのが道理だろう。」

これはムスリムの伝えている伝承である。


第26の伝承

アブー・フライラ―アッラーよ彼を嘉したまえ―の権威による。彼は伝えている。「アッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―はいわれた。

    あらゆる人間のすべての手足の骨は,陽が昇ったら毎日施しをしなければならない。相手ときちんと付きあうことも施しなら,ひとが騎りものにのるのを助けたり,そこに抱きあげてやったり,持ちものを渡してやることも施しである。優しい言葉も施しなら,礼拝に赴く一歩一歩も,道路から危険なものをとり除くことも施しである。

この伝承は,アル=ブハーリーとムスリムの2人が伝えている。


第27の伝承

アン=ナッワース・イブン・サムアーン―アッラーよ彼を嘉したまえ―の構威によれば,預言者―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―はこういわれたとのことである。

    高潔さは良き徳性である。〔それに引きかえ〕悪事は魂にしみき,お前は他人にそれを詮索されることを嫌うだろう。

これはムスリムの伝えている伝承である。

他にもワービサ・イブン・マアバド―アッラーよ彼を嘉したまえ―の権威による伝承がある。彼は伝えている。

    〔預言者―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―はいわれた〕「お前は高潔さについて訊ねるためにやってきたのかね。」私は「はいその通りです」,と答えた。すると預言者はいわれた。「自分の心に訊ねてみるがよい。高潔さとは魂が満ち足り,心も満足を覚えるようなものだ。だが悪行は魂にしみつき,他人が繰り返えしお前が法的に正しいといってくれても,胸さわぎを覚えさせずにはいない。」

これは2人のイマーム・アフマド・イブン・ハンバル,アッ=ダーリミーのムスナドの中に収められた。由緒正しい伝承の鎖をもつ優れた伝承である。


第28の伝承

アブー・ナージフ・アル=イルバード・イブン・サーリヤ―アッラーよ彼を嘉したまえ―の権威による。彼は伝えている。

    アッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―は,われわれの心を畏怖の念で満たし,眼から涙を溢れさせるような説教をなされた。そこでわれわれはお願いした。「アッラーの御使よ,いまのお話はまるで訣れの説教のようでした。何とぞ私どもに良き忠告をお与え下さい。」すると御使はいわれた。「私は忠告しよう。至大至高のアッラーを畏れ敬い,たとい卑しい奴隷がお前たちの長となっても,耳を貸し,従うのだ。お前たちのうちで〔長〕生きする者は,いずれさまざまな意見の相違を眼のあたりにするであろう。だからお前たちは私の言行,正しい導きを受けて正道を行くカリフたちの言行を離れてはならない。是が非でもそれに縋りついていることだ。新たな創りごとには気をつけねばならない。新しい創りごとは〔異端者の〕勝手な考えであり,それはみな道を踏み迷わせるものなのだから。あらゆる誤謬は地獄の劫火のものなのだから。」

この伝承はアブー・ダーウードとアッ=ティルミズィーの2人が伝えている。アッ=ティルミズィーは,これが優れた正しい伝承だとしている。


第29の伝承

ムアーズ・イブン・ジャバル―アッラーよ彼を嘉したまえ―の権威による。彼は伝えている。

    私はいった。「アッラーの御使よ,私を楽園に導き,地獄の劫火から遠ざけるような行ないについて教えて下さい。」すると御使は答えられた。「それは大変〔重要〕な質問だ。至高のアッラーのおかげで,〔難しいことでも〕簡単にしていただいた者には手易いことだが。アッラーを主として敬い,アッラーに似たものがあるなどといわぬこと。また礼拝を行ない,喜捨を払い,ラマダーン月に断食し,〔アッラーの〕家に巡礼すること。」それからこう付け加えられた。「お前に幸福の門について教えてやるかな。

    まずは断食だ。これは店といえよう。つぎに施し。これは水が火を消すように誤ちを消す。それから真夜中の礼拝だ。」それから彼はクルアーンのこの部分を唱えた。「そのような人々は寝る間も惜しく起きあがり,怖れつつ,願いつつ,一心に主に祈り,われらの授けた結構なものを心おきなく主の道に使う。この人たちのしてきたことの報いとして,どれほどの楽しめが秘かに用意されているか,誰一人知る者はない。」それから彼はいつた。「お前に問題の核心,その柱,そのもっとも際立ったものについて教えてやろうかな。」そこで私は答えた。「はい,アッラーの御使よ,どうかお願いいたします。」すると彼はいった。「問題の核心とはイスラームだ。その柱とは礼拝で,もっとも際立ったものとはジハードだ。」それからこう付け加えた。「ところでお前がこうしたことをどうして統御したらよいか,教えてやろうかな。」私は答えた。「アッラーの御使よ,何とぞお願いいたします。」すると彼は舌をつまんでいった。「これを慎しむのだ。」私は尋ねた。「アッラーの預言者よ,私たちは口にしたことで評価されるのでしょうか。」すると彼はいった。「ムアーズよ,お前もお袋泣かせだな。人々の舌が収穫したもの以外に,一体彼らを地獄に逆落しにするものがあるだろうか。」

これはアッ=ティルミズィーが伝えており,優れた,正しい伝承だとしている。


第30の伝承

アブー・サアラバ・アル=フシャニー・ジュルスーム・イブン・ナーシル―アッラーよ彼を嘉したまえ―の権威によれば,アッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―はこういわれた。

    至高のアッラーは種々の宗教的義務を定められた。したがってそれを蔑ろにしてはならない。またさまざまな限界を設けられた。したがってそれを踏み越えてはならない。ある種のことがらを禁止された。したがってその禁を破ってはならない。アッラーが言及されていないものもあるが,それはお前たちにたいする憐れみの心からでたもので,決してうっかり忘れていたからではない。だからそのようなことを追い求めてはならない。

アッ=ダーラクトニーその他が伝えている優れた伝承。


第31の伝承

アブ=ル=アッバース・サフル・イブン・サアド・アッ=サーイディー―アッラーよ彼を嘉したまえ―の権威による。彼は伝えている。

    ある男が預言者―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―のところにやってきていった。「アッラーの御使よ,私がそれをすれば,アッラーも人々も私を愛すような行ないについて教えて下さい。」すると預言者はいわれた。「現世から身をひけば,アッラーはお前を愛されるだろう。人々が所有しているものから身をひけば,人々はお前を愛すだろう。」

これはイブン・マージャその他が,優れた伝承の鎖とともに伝えている伝承である。


第32の伝承

アブー・サイード・サアド・イブン・マーリク・イブン・シナーン・アル=フドリー―アッラーよ彼を嘉したまえ―の権威によれば。アッラーの御使―アッラーよアッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―はこういわれたとのことである。

    危害を加えること,たがいに危害を加えあうことのいずれもあってはならない。

これはイブン・マージャ,アッ=ダーラクトニー等がムスナドとして伝えている優れた伝承である。マーリクはその著『アル=ムワッタウ』の中に,アムル・イブン・ヤフヤーから彼の父,預言者―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―へと遡る鎖をもつムルサルの伝承としてこれを記載している。ただし彼はアブー・サイードの名を記していないが,アブー・サイード〔の権威に関して〕はたがいに他の信憑性を強めあう多くの伝承の鎖がある。


第33の伝承

アッバースの息子―アッラーよ彼等両名を嘉したまえ―の権威によれば,アッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―はこういわれたとのことである。

    人々が望むだけのものを与えられるとするならば,彼等は他人の財産や生命まで要求するだろう。ただし要求する者には明らかな証拠が必要であり,拒絶する者には誓いが必要である。

アル=バイハキー等はこの伝承をこのまま伝えている。またこの一部は2つの『サヒーフ』中に記載されている。


第34の伝承

アブー・サイード・アル=フドリー―アッラーよ彼を嘉したまえ―の権威による。彼は伝えている。「私はアッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―がこういわれるのを聞いた。

    お前たちの誰でも,悪行を見かけたら自分の手でそれを変えるようにするがよい。それができなければ自分の舌で。それもできなければ心で。だがそれしかできぬ者は,もっとも信仰の弱い者。

これはムスリムの伝えている伝承である。


第35の伝承

アブー・フライラ―アッラーよ彼を嘉したまえ―の権威による。彼は伝えている。「アッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―はいわれた。

    たがいに妬みあってはいけない。価をつり上げあってもいけない。憎しみあい,背を向けあってもならない。値を下げあってもならない。アッラーの下僕たちよ,お前たちはたがいに兄弟でなければならない。ムスリムたる者は他のムスリムの兄弟なのだから。兄弟を虐げたり,見捨てたり,騙したり,軽蔑してはならない。敬虔さはここにあるのだ。―こういいながら御使は自分の胸を三度指さされた―一人前の男にとって,ムスリムの兄弟を軽蔑するなどということは,悪行以外の何であろうか。すべてのムスリムは他のムスリムにとり侵すべからざるものである。彼の血も,財産も,名誉も。

これはムスリムによって伝えられた伝承である。


第36の伝承

アブー・フラィラ―アッラーよ彼を嘉したまえ―の権威によれば,預言者―アッラーよ彼に祝福と平え安を与えたまえ―はこういわれたとのことである。

    信者をからこの世の悩みを一つでもとり除いた者には,アッラーが審判の日の悩みを一つとり除いて下さるだろう。気の毒な人を優しく面倒見た者には,アッラーが現世と来世で優しく面倒を見て下さる。ムスリムをあつく庇護した者には,アッラーが現世と来世であつい庇護を与えて下さる。アッラーはその下僕が兄弟を助けるかぎり彼に援助の手をさしのべられる。また知識を求めて道を歩む者には,アッラーが平坦な楽園への道を用意して下さる。アッラーの家の1つに集まってアッラーのど書を朗読し,たがいにそれを学びあう者たちの上には,かならず静けさが訪れ,慈悲が彼等をつつみ,天使たちにとり囲まれた彼等の名は,アッラーが自らの近みにとどめおく者として読みあげられるであろう。自分の行ないで道を進めぬ者は,血筋をもってしても急ぎ行くことはできない。

ムスリムはこの伝承を,このままの形で伝えている。


第37の伝承

アッバースの息子―アッラーよ彼等両名を嘉したまえ―の権威による。彼は至大至高の主が預言者―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―に語られたこととして。預言者からこの伝承を聞いている。栄誉かぎりなき至高の主はこう申された。

    アッラーはさまざまな善行,悪行を定め,ついでそれを詳しく説明した。そして善行をしようと思つたがそれを果さなかった者のためには,完全な善行を1つ行なったものと〔帳簿に〕書きとめ,善行をしようと思いたちそれを実行した者のためには善行を10,その700倍,さらにはそれ以上行なったものとして書きとめる。また悪行を思いたったが,それを実際に行なわなかつた者のためにも,完全な善行を1つ行なったと書きとめるが,怒行を思いたちそれを実行した者には,悪行を1つ行なったと書きとめるだけである。

これは,アル=ブハーリーとムスリムの2人がこのままの形でおのおのの『サヒーフ』中に記載している伝承である。


第38の伝承

アブー・フライラ―アッラーよ彼を嘉したまえ―の権威による。彼は伝えている。「アッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―はいわれた。

    至高のアッラーはこう申された。「私の友がらに敵意を示す者には,自分は誰にたいしても戦いの宣言をする。私の気に入ることをして私に近づこうと望む下僕は,自分に課された宗教的義務をきちんと果すにしくはない。定められた義務以外の良い行ないに努める下僕は,ますます私に近づき,ついには私の愛をかちうるであろう。そして私が彼を愛するようになれば,私は彼の聞く耳,彼の見る眼,彼の打つ手,彼の歩く足となろう。彼に願いごとがあれば私はかならず叶え,彼が避難所を求めればかならずそれを用意してやるだろう。

この伝承は,アル=ブハーリーの伝えているものである。


第39の伝承

アッバースの息子―アッラーよ彼等両名を嘉したまえ―の権威によれば,アッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―はいわれた。

    アッラーは私のために,私の民の誤ち,怠慢,気のりのなさをお宥し下さつた。

イブン・マージャ,アル=バイハキー等によって伝えられた優れた伝承。


第40の伝承

ウマルの息子―アッラーよ彼等両名を嘉したまえ―の権威による。彼は伝えている。

    アッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―は,私の肩に手をかけていわれた。「この世においては,異邦人か旅人のように暮らせ。」

またウマルの息子―アッラーよ彼等両名を嘉したまえ―は,よくつぎのような言葉を口にしていた。

朝にはタベを期待するな。タベには朝を期待するな。病いのために健康をふりあて,死のために生をふりあてよ。

この伝承は,アル=ブハーリーが伝えている。


第41の伝承

アムル・イブヌ=ル=アースの息子・アブー・ムハンマド・アブドッ=ラーフ―アッラーよ彼等両名を嘉したまえ―の権威による。彼は伝えている。「アッラーの御使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―はいわれた。

    愛着までもが私のもたらしたものに相応しくならぬかぎり,本当の信者とはいえない。

これは,『キターブ=ル=フッジャ』からとった正しい鎖をもつ,正しい,優れた伝承である。


第42の伝承

アナス―アッラーよ彼を嘉したまえ―の構威による。彼は伝えている。「私はアッラーの仰使―アッラーよ彼に祝福と平安を与えたまえ―がこういわれるのを聞いた。

    至高のアッラーは申された。「アーダムの息子よ,お前が私を呼びもとめ,私に〔心から〕願うかぎりは,お前の仕でかしたことを宥し,大目にみてやろう。アーダムの息子よ,お前の罪が空の雲にとどくほどであっても,私に宥しを求めさえすればお前を宥してやろう。アーダムの息子よ,お前がこの地球と同じほどの大罪を犯して私のところにやってきても,私の姿を見て私に似たものは存在しないと思うなら,それと同じ宥しを与えてやろう。」

これはアッ=ティルミズィーにより伝えられているが,彼によれば正しく優れた伝承である。


日本ムスリム情報事務所